大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(行ケ)142号 判決 1997年12月25日

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

同代表者代表取締役

北岡隆

同訴訟代理人弁理士

上田守

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

清田健一

及川泰嘉

内藤照雄

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第1984号事件について平成8年3月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年10月16日、名称を「半導体記憶装置のセンスアンプ」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、特許出願(昭和59年特許願第217837号)をしたが、平成5年1月12日拒絶査定を受けたので、同年2月10日審判を請求した。この請求は、平成5年審判第1984号事件として審理され、平成6年4月27日出願公告されたが、特許異議の申立てがあり、平成8年3月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年6月19日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

第1の入力ノード、第2の入力ノードおよび出力ノードを有するとともに上記出力ノードに一方の電極が直流的に接続され、他方の電極が接地電位ノードに接続されるトランジスタを有し、上記第1の入力ノードに印加される電位と上記第2の入力ノードに印加される電位との電位差を増幅し、出力ノードに出力する差動増幅手段と、

電源電位ノードと接地電位ノードとの間に接続されるとともに入力ノードが直接上記差動増幅手段の出力ノードに接続され、上記差動増幅手段の出力ノードに現れた電位に応じた電位を出力ノードに出力するためのインバータと、

このインバータの入力ノードと出力ノードとの間に接続され、これら入力および出力ノード並びに上記差動増幅手段の出力ノードの電位を上記電源電位ノードに印加される電位と接地電位ノードに印加される電位との間の電位にするための短絡用トランジスタとを備えたことを特徴とする半導体記憶装置のセンスアンプ。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、当審における特許異議申立人、シャープ株式会社が提出した特開昭57-208690号公報(以下「引用例1」という。)、特開昭49-131545号公報(以下「引用例2」という。)には、半導体記憶装置に関して次のような技術的事項が記載されている。

<1> 引用例1

(a) この発明は、MISFETを用いたSRAMに関するものであり、第1図の回路図と関連する説明の記載を参照すると、「メモリセル1a~1dはそれぞれ対応する一対のビット(データ)繰D10、D11またはD20、D21に接続されており、各ビット線対はカラムスイッチ4および共通ビット線CD0、CD1を介して読み出し回路6に接続されている。読み出し回路6は後述のセンスアンプと、出力フローティング状態若しくは高出力インピーダンス状態を含む3状態(トライステート)の出力信号を形成するデータ出カバッファ回路で構成されている。データ出カバッファ回路は、制御信号CSがハイレベルとされたとき、共通ビット線CD0、CD1に供給されたデータ信号に対応したレベルの信号を出力する。また、データ出力バッファ回路は、制御信号CSがほぼ接地電位のようなロウレベルにされたとき、その出力端子をフローティング状態にさせる。アドレス入力端子AX1ないしAX2に供給されたアドレス信号及びアドレス入力端子AY1ないしAY2に供給されたアドレス信号によって選択された1つのメモリセルにおけるデータが読み出し回路6を介して読み出される。」ことが記載されている(3頁~4頁上欄要約)。

(b) 第2図は、読み出し回路6とその制御回路8の詳細回路図であり、この回路図に関して次のような趣旨が記載されている。

「読み出し回路6は、共通ビット線CD0、CD1からのデータ信号を増幅するセンスアンプSAと、この増幅出力信号を受けるデータ出力バッファDOBとで構成される。センスアンプSAは、Nチャネル型差動MISFETQ30、Q31と、その共通ソース側に一方の電極が、他方の電極が接地側に接続される定電流源としてのNチャネル型MISFETQ32と、差動MISFETQ30、Q31のドレインに設けられた負荷としてのPチャネル型MISFETQ33、Q34による電流ミラー回路とで構成されている。

差動MISFETQ30、Q31のゲートには、共通ビット線CD0、CD1からのデータ信号が供給されている。また、定電流源としてのMISFETQ32のゲートには、制御回路8からの制御信号Rが供給される。」(4頁下欄)。

<2> 引用例2

(a) この発明の「産業上の利用分野」として、「この発明は、フリップフロップおよび選択トランジスタを包含する5トランジスタ記憶素子に関し、かつデイジット線を経て評価回路と接続された5トランジスタ記憶素子における情報の書き込みおよび読み出しのための動作方法に関する。」と記載されている(1頁右欄)。

(b) 第1図のブロック図および関連した発明の詳細な説明の欄を参照すると、「フリップフロップを構成する4つのトランジスタと選択トランジスタからなる5トランジスタの記憶素子2は、デイジット線3とワード線8に接続され、デイジット線には評価回路1が接続されている。

評価回路1はインバータを構成するトランジスタ11、12と、評価回路の入力端17と出力端16間を短絡するトランジスタ13からなり、短絡用トランジスタ13のゲートはクロック線5に接続されており、トランジスタ11、12は給電電源15と接地14間に接続されている。

評価回路の出力端16は、ゲート端子41からゲートが制御されるアドレストランジスタ4を経て読み出し線6と接続される。

読み出しサイクルの開始前にトランジスタ13がクロック線5を経て導通制御され、これにより反転段(インバータ)の入力端17と出力端16とが接続される。」ことが記載されている(3頁要約)。

(c) 第2図の特性図に関して、「まず読み出し過程において既述のようにデイジット線には、本例で給電電圧(UB)のほぼ半分に対応する所定の電圧が存在する。この電圧は図の点UB/2に対応する。」と記載されている(3頁右下欄)。

また、第3図の反転段(インバータ)の特性に関して、「反転段の増幅作用を利用することによりデイジット線上の小さい電圧変化が、反転段の出力端に全給電電圧に対応する全電圧上昇を惹起せしめる。第3図には、縦軸に反転段の出力端に現れる電圧Uaと、横軸に反転段の入力端に現れる電圧Ueとをとって、入出力特性がUBで示されており、Ua=Ueの関数はUB/2の点でUBと交わること」が記載されている(3頁右下欄)。

(3)  本願発明(前者)と引用例1(後者)との一致点と相違点

<1> 前者の第2図に記載の従来技術に関して、

「CMOSスタティックRAMに使用されるセンスアンプを示す。」と記載されており(明細書2頁)、第1図の実施例はこのような従来技術を改良したものであって、前者の「産業上の利用分野」は「SRAMのセンスアンプ」であるところ、後者においても第2図に記載されているのは「SRAMのセンスアンプ」であるから、発明の「産業上の利用分野」は両者で共通している。

<2> 後者においては、「センスアンプSAの差動MISFETQ30、Q31のゲートには、共通ビット線CD0、CD1からのデータ信号が供給され、出力信号はデータバッファ回路に供給される。また、差動MISFETQ30、Q31の共通ソース側に一方の電極が、他方の電極が接地側の接続される定電流源としてのNチャネル型MISFETQ32」を有するものであるから、このような構成は前者の「第1の入力ノード、第2の入力ノードおよび出力ノードを有するとともに上記出力ノードに一方の電極が直流的に接続され、他方の電極が接地電位ノードに接続されるトランジスタを有し、上記第1の入力ノードに印加される電位と上記第2の入力ノードに印加される電位との電位差を増幅し、出力ノードに出力する差動増幅手段」に相当する。

<3> 後者の差動増幅手段の出力側に接続されている「データ出力バッファ回路」は、前記したように「制御信号CSがハイレベルとされたとき、共通ビット線CD0、CD1に供給されたデータ信号に対応したレベルの信号を出力する。」ものであるから、前者と同様の「入力ノードが直接差動増幅手段の出力ノードに接続され、差動増幅手段の出力ノードに現れた電位に応じた電位を出力ノードに出力するための手段」が記載されている。

<4> 従って、両者は

「第1の入力ノード、第2のノードおよび出力ノードを有するとともに上記出力ノードに一方の電極が直流的に接続され、他方の電極が接地電位ノードに接続されるトランジスタを有し、第1の入力ノードに印加される電位と上記第2の入力ノードに印加される電位との電位差を増幅し、出力ノードに出力する差動増幅手段と、

入力ノードが直接差動増幅手段の出力ノードに接続され、差動増幅手段の出力ノードに現れた電位に応じた電位を出力ノードに出力するための手段と、

を備えたことを特微とする半導体記憶装置のセンスアンプ。」

において一致し、前者においては次の構成を有しているのに対して、後者にはこのような構成が記載されていない点で相違している。

a.「入力ノードが直接差動増幅手段の出力ノードに接続され、差動増幅手段の出力ノードに現れた電位に応じた電位を出力ノードに出力するための手段」は、「電源電圧ノードと接地電位ノードとの間に接続されるインバータ」である点。

b.「該インバータの入力ノードと出力ノードとの間に接続され、これら入力および出力ノード並びに差動増幅手段の出力ノードの電位を電源電位ノードに印加される電位と接地電位ノードに印加される電位との間の電位にするための短絡用トランジスタ」を備えた点。

(4)  相違点に対する判断

<1> この種のSRAMにおいては、差動増幅手段の出力ノードに「電源電圧ノードと接地電位ノードとの間に接続されるインバータ」を接続し、インバータからメモリセルのデータを出力することは、例えば特開昭59-124086号公報(本訴における乙第2号証)の第1図、第3図に記載されているように周知、慣用の技術であるから、後者において、「入力ノードが直接差動増幅手段の出力ノードに接続され、差動増幅手段の出力ノードに現れた電位に応じた電位を出力ノードに出力するための手段」として、「データ出力バッファ回路」を用いる構成に代えて、「電源電圧ノードと接地電位ノードとの間に接続されるインバータ」を用いる構成を採用するようなことは単なる設計的事項にすぎず、相違点a.は格別なものではない。

<2>(a) 前者においては、従来技術に関して「メモリセルが選択されると、差動増幅回路の入力線I/O、I/O間に電位差が生じ、差動増幅回路がセンス動作を開始するが、差動増幅回路の出力の傾きがゆるやかなので、該出力が変化しはじめてからインバータのしきい値に達するまでの遅延が大きく、インバータ出力の変化も所定期間遅れるので、RAMの高速読み出し動作を妨げていた」ので、「この発明の目的は、差動増幅回路出力の変化開始から、インバータ出力が変化し始めるまでの遅延をなくして、RAMの高速読み出し動作可能とする半導体記憶装置のセンスアンプの提供にある。」との趣旨が記載されている(甲第2号証4欄12行目ないし25行目要約)。

また、前者において発明の効果として「差動増幅手段の出力ノードに直接インバータの入力ノードを接続し、このインバータの入力ノードと出力ノードとを短絡する短絡用トランジスタを設け、差動増幅手段に入力が印加される前に短絡用トランジスタによりインバータの入力ノードと出力ノードの電位および差動増幅手段の出力ノードの電位を電源電位と接地電位との聞の中間電位にしてこの短絡用トランジスタを非導通状態とすることにより、すぐに差動増幅手段は第1および第2の入力ノードにおける電位差に応じ、その出力ノードの電位を中間電位から上昇または低下させ、この出力ノードの電位は速やかにインバータの入力ノードに伝達され、インバータの入力ノードの電位は中間電位から少し変化しただけでこのインバータの出力ノードの電位が大きく変化する。」と記載されている(同6欄22行目ないし35行目)。

(b) しかしながら、前記したように引用例2には「記憶素子の出力ノードに直接インバータを接続し、インバータの入力ノードと出力ノードとを短絡する短絡用トランジスタを設け、記憶素子からの読み出し動作前に該短絡用トランジスタを動作させてインバータの入力ノードと出力ノードと記憶素子の出力ノードとの電位を電源電位と接地電位との中間電位としておき、その後短絡用トランジスタを非導通として、記憶素子からの読み出し動作の際には記憶素子の出力ノードの電位を中間電位から上昇または低下させ、インバータの入力ノードの電位は中間電位から少し変化しただけでインパータの出力ノードの電位を大きく変化させインバータ出力の高速化を図ること」が開示されており、「インバータの入力ノードと出力ノードとの間に短絡用トランジスタを設けてインバータの高速動作を図る」という前者の基本的な技術思想は引用例2に記載されている。

してみれば、後者においても差動増幅手段の出力ノードに「データ出力バッファ回路」を接続する構成に代えて、「インバータ」を接続する構成を採用する際に、該インバータとして引用例2に記載されているような「入力ノードと出力ノードとの間を短絡用トランジスタで接続したインバータ」を接続する構成とすることは、当業者が格別な発明力を要することなく適宜になしうる事項にすぎず、相違点b.も格別なものではない。

<3> そして、本願発明により得られる効果も当業者が予測可能な範囲に止まるものであり、格別なものとはいえない。

(5)  結論

以上のとおりであるから、本願発明は引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定によって特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)は認める。

同(2)のうち、<1>は認め、<2>のうち、(b)の「評価回路1はインバータを構成するトランジスタ11、12と、評価回路の入力端17と出力端16間を短絡するトランジスタ13からな」ることは争い、その余は認める。

同(3)は認める。

同(4)のうち、<1>は争う。<2>のうち、(a)は認め、(b)は争う。

<3>は争う。

同(5)は争う。

審決は、相違点についての判断を誤り、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点a.についての判断の誤り)

審決は、引用例1において、「「入力ノードが直接差動増幅手段の出力ノードに接続され、差動増幅手段の出力ノードに現れた電位に応じた電位を出力ノードに出力するための手段」として、「データ出力バッファ回路」を用いる構成に代えて、「電源電圧ノードと接地電位ノードとの間に接続されるインバータ」を用いる構成を採用するようなことは単なる設計的事項にすぎ」ないと判断するが(審決11頁14行ないし12頁2行)、誤りである。

<1> 審決は、「この種のSRAMにおいては、差動増幅手段の出力ノードに「電源電圧ノードと接地電位ノードとの間に接続されるインバータ」を接続し、インバータからメモリセルのデータを出力することは、例えば特開昭59-124086号公報(乙第2号証)の第1図、第3図に記載されているように周知、慣用の技術である」と認定するが、乙第2号証は、本願の出願日である昭和59年10月16日の約3箇月前の昭和59年7月18日に出願公開されたものであるから、本願出願日において、「インバータからメモリセルのデータを出力することは、・・・周知、慣用の技術である」とすることはできない。

<2> また、乙第2号証の第1図又は第3図に記載されているものは、第1差動増幅器15の出力信号を第2差動増幅器16に印加し、その出力信号をインバータ17に印加する構成になっており、本願発明のように、「入力ノードが直接上記差動増幅手段の出力ノードに接続され」る構成とはなっていない。審決もこの点を相違点として認定している(審決10頁16行ないし20行)が、この点についての判断はされていない。

(2)  取消事由2(相違点b.についての判断の誤り)

審決は、引用例1においても差動増幅手段の出力ノードにデータ出力バッファ回路を接続する構成に代えて、インバータを接続する構成を採用する際に、「該インバータとして引用例2に記載されているような「入力ノードと出力ノードとの間を短絡用トランジスタで接続したインバータ」を接続する構成とすることは、当業者が格別な発明力を要することなく適宜になしうる事項にすぎ」ないと判断するが(審決14頁15行ないし15頁3行)、誤りである。

引用例2(甲第5号証)には「記憶素子の出力ノードに直接インバータを接続し、インバータの入力ノードと出力ノードを短絡する短絡用トランジスタを設け」たもの(審決13頁17行ないし20行)が記載されていない。

すなわち、引用例2における評価回路1は、本願発明における「差動増幅手段」に対応するものであるが、引用例2の第1図とその説明に記載されているものは、5トランジスタ記憶素子2にディジット線3を接続し、そのディジット線3に評価回路1を接続したものであり、評価回路1は、その入出力間に分路トランジスタを含むものである。これに対し、本願発明においては、差動増幅手段は、その入出力間に分路トランジスタを含んではいない。したがって、引用例2に記載されたものは、本願発明と全く異なるものである。

第3  原告の主張に対する認否及び反論

1  認否

請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

乙第2号証(特開昭59-124086号公報)にも乙第3号証(特開昭59-119589号公報)にも、「差動増幅手段の出力ノードに「電源電圧ノードと接地電位ノードとの間に接続されるインバータ」を接続し、インバータからメモリセルのデータを出力すること」が記載されているとおり、この技術は周知、慣用の技術である。ただ、乙第2号証のものは、「第1差動増幅器15の出力信号を第2差動増幅器16に印加し、その出力信号をインバータ17に印加する構成」であり、乙第3号証に記載のものは、「差動増幅器の出力信号を直接インバータ11に印加する構成」であるが、どちらも周知、慣用の事項であり、差動増幅器1段にするか(乙第3号証)、2段にするか(乙第2号証)は単なる設計事項である。

したがって、審決の上記周知、慣用の技術の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2について

審決が引用例2から引用した箇所は、「Fig.1において、記憶素子2の出力ノードであるディジット線3に、直接インバータである反転段(トランジスタ11、12を含む)を接続し、インバータの入力ノード17と出力ノード16とを分路トランジスタ13で短絡する構成が記載されている点」であるから、この点の原告の主張は、当を得ていない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項の認定)は、<2>(b)のうち「評価回路1はインバータを構成するトランジスタ11、12と、評価回路の入力端17と出力端16間を短絡するトランジスタ13からな」ることを除き、当事者間に争いがなく、同(3)(一致点、相違点の認定)は当事者間に争いがない。

2  甲第2号証によれば、本願明細書には、本願発明の課題、作用効果等として、次の記載があることが認められる(一部は当事者間に争いがない(審決12頁4行ないし13頁16行)。)。

(1)  課題

この発明は、内部同期回路方式を用いた半導体記憶装置のセンスアンプに関する。

従来の、CMOSスタティックRAMに使用されるセンスアンプは、1段目のカレントミラー型差動増幅回路と2段目のインバータとで構成されていた。カレントミラー型差動増幅回路は2入力間に電位差が生じると、電位差を検知し増幅して出力する。この出力がインバータ2のしきい値電圧に達したとき、インバータ出力が変化してセンス動作が完了する。

この場合、1段目のカレントミラー型差動増幅回路出力の傾き(変化)がゆるやかなので、出力が変化し始めてから2段目のインバータのしきい値電圧に達するまでの遅延が大きく、またインバータ出力も遅れるのでRAMの高速読み出し動作を妨げていた。(3欄26行ないし4欄19行要約)

(2)  実施例(第1図)

まず、「非読み出し期間であるI/O=▲I/O▼の時のカレントミラー型作動増幅回路1の出力電圧と、インバータ2のしきい値電圧(入力と出力とを短絡したときの入出力電圧)とが同じになるように差動増幅回路1の回路定数を設定しておく。」(5欄19行ないし23行)

センス動作の開始に先立って、「第1の内部同期信号により、端子SE1、SE2を共にハイにあげる。すると1段目のカレントミラー型差動増幅回路1が活性化され、同時にトランジスタQ10により2段目のインバータ2の入出力がショートされてノードSA1はプリチャージもしくはディスチャージにより中間電位となる。」(5欄31行ないし37行)

次に、「第2の内部同期信号により端子SE1をロウにする。すると、カレントミラー型差動増幅回路1がセンスを開始し、そのノードSA1電位が中間電位から変化し始める。そして、この作動増幅回路1の出力ノードとインバータ2の入力ノードとが直接接続されているため、上記差動増幅回路1の出力ノードの電位の変化が直接インバータ2の入力ノードの変化となり、このインバータ2はこのわずかな電位の変化を受けて大きくインバータ出力▲RD▼を変化させ、センス動作が完了する。」(5欄47行ないし6欄6行)

(3)  作用効果

「この発明に係る半導体記憶装置のセンスアンプは、作動増幅手段の出力ノードに直接インバータの入力ノードを接続し、このインバータの入力ノードと出力ノードとを短絡する短絡用トランジスタを設け、差動増幅手段に入力電位が印加される前に短絡用トランジスタによりインバータの入力ノードと出力ノードの電位および差動増幅手段の出力ノードの電位を電源電位と接地電位との間の中間電位にしてこの短絡用トランジスタを非導通状態とすることにより、すぐに差動増幅手段は第1および第2の入力ノードにおける電位差に応じ、その出力ノードの電位を中間電位から上昇または低下させ、この出力ノードの電位は速やかにインバータの入力ノードに伝達され、インバータの入力ノードの電位は中間電位から少し変化しただけでこのインバータの出力ノードの電位が大きく変化する。その結果、差動増幅手段の高速化およびインバータの高速化が図れ、入力電位に対するインバータの出力の高速化が図れるという効果がある。」(6欄21行ないし38行)

3  原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

<1>  乙第2号証によれば、特開昭59-124086号公報(昭和57年12月28日出願、昭和59年7月18日出願公開)には、「発明の技術的背景とその問題点」の欄及び第1図に、「従来、CMOS構成の半導体記憶装置におけるセンスアンプは、第1図に示すように構成されている」(1頁右下欄15行ないし17行)と記載され、MOS形の第2差動増幅器13の接続点cからの出力は、「トランジスタQ12、Q13から成りバッファ回路として働くCMOSインバータ回路14に供給し、この回路14から選択されたメモリセル11ijの記憶情報に対応した出力信号OUTを得る」(2頁右上欄10行ないし14行)と記載されていることが認められる。また、乙第3号証によれば、特開昭59-119589号公報(昭和57年12月27日出願、昭和59年7月10日出願公開)には、「発明の技術的背景」の欄及び第1図に、CMOS構成の差動増幅器(トランジスタT1、T2、T3、T4)の出力端Bをインバータ回路11に接続して出力信号OUTを得る半導体集積回路が記載されていることが認められる。

以上のように、インバータ接続の点が乙第2号証及び乙第3号証に記載された発明の従来例として記載されているものであるから、「差動増幅手段の出力ノードに「電源電圧ノードと接地電位ノードとの間に接続されるインバータ」を接続し、インバータからメモリセルのデータを出力すること」は、乙第2号証及び乙第3号証の出願された昭和57年12月以前に周知、慣用の技術であったと認められ、審決のこの点の認定に誤りはないと認められる。

<2>  原告は、乙第2号証の第1図又は第3図に記載されたものは、第1差動増幅器15の出力信号を第2差動増幅器16に印加し、その出力信号をインバータ17に印加する構成になっており、本願発明のように、「入力ノードが直接上記差動増幅手段の出力ノードに接続され」る構成とはなっていないところ、審決はこの点を相違点として認定しながら、この点についての判断はされていない旨主張する。

しかしながら、審決が相違点a.として認定した相違点は、引用例1のデータ出力バッファの入力ノードが直接差動増幅手段の出力ノードに接続されていることを前提とした上、引用例1のデータ出力バッファに代えて、「電源電圧ノードと接地電位との間に接続されるインバータ」を用いる点を相違点として認定しているにすぎず(審決10頁16行ないし20行参照)、しかも、審決が、乙第2号証から引用しているのは、第2差動増幅器とインバータとの関係の点であり(審決11頁8行ないし12行参照)、差動増幅器1段にするか、2段にするかの点ではないから、この点の原告の主張は採用できない。

<3>  そうすると、引用例1において、「「入力ノードが直接差動増幅手段の出力ノードに接続され、差動増幅手段の出力ノードに現れた電位に応じた電位を出力ノードに出力するための手段」として、「データ出力バッファ回路」を用いる構成に代えて、「電源電圧ノードと接地電位ノードとの間に接続されるインバータ」を用いる構成を採用するようなことは単なる設計的事項にすぎ」ないとの審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

<1>  審決の理由の要点(4)<2>(a)(本願発明の目的、効果)は、当事者間に争いがない。

<2>  原告は、引用例2に記載された発明は、本願発明と全く異なるものである旨主張する。

しかしながら、審決は、引用例2の回路を、評価回路として機能している点を引用しているのではなく、回路素子(インバータと短絡用トランジスタ)とその接続関係を引用していると認められるところ(審決13頁17行ないし14頁14行参照)、前記の引用例2の記載事項(審決の理由の要点(2)<2>。甲第5号証によれば、「評価回路1はインバータを構成するトランジスタ11、12と、評価回路の入力端17と出力端16間を短絡するトランジスタ13からな」る点も認定できる。)によれば、「記憶素子の出力ノードに直接インバータを接続し、インバータの入力ノードと出力ノードを短絡する短絡用トランジスタを設け、記憶素子からの読み出し動作前に該短絡用トランジスタを動作させてインバータの入力ノードと出力ノードと記憶素子の出力ノードとの電位を電源電位と接地電位との中間電位としておき、その後短絡用トランジスタを非導通として、記憶素子からの読み出し動作の際には記憶素子の出力ノードの電位を中間電位から上昇または低下させ、インバータの入力ノードの電位は中間電位から少し変化しただけでインバータの出力ノードの電位を大きく変化させインバータ出力の高速化を図ること」が開示されており、引用例2のインバータは短絡トランジスタを接続することによって信号伝達の高速化を達成し、本願発明の短絡トランジスタの回路動作の高速化と同様の作用効果を果たしていると認められる。

そうすると、引用例1においても差動増幅手段の出力ノードにデータ出力バッファ回路を接続する構成に代えて、インバータを接続する構成を採用する際に、「該インバータとして引用例2に記載されているような「入力ノードと出力ノードとの間を短絡用トランジスタで接続したインバータ」を接続する構成とすることは、当業者が格別な発明力を要することなく適宜になしうる事項にすぎ」ないとの審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2は理由がない。

(3)  他に審決の認定、判断に誤りがあるとの点は認められない。

4  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例